ワシラのバリバリ伝説
↓このクリックで世界が救えるワケじゃありまませんが、トドがヨロコビます。
アシカも「ブログランキング」に参加しています。よろしく!
2月27日(火)晴れたり、くもったり、夕方雨がドシャっと
終日デスクワーク。日本家屋、あっいや古い百姓屋の中でジッと座っていると
モー寒ぶくってしょうがない。外で作業していると暖かいのに。
古い資料をひっくり返していたらこんな写真が出てきました。
「ツインリングもてぎ」栃木にあるHONDAさんのレース場です。行ったのは2
000年10月18日。日付けからして誕生日だから‥‥とか言うてダダをこねて行
かせていただいたに違いありません。アシカさんありがとう。
羽田には←カワチさんがユーノ
スで迎えに来てくれました。一
気に栃木まで北上すれば、どこ
までも平面が続いて、それを和
風、洋風、勝手気ままなデザイ
ンの家々がびっしりとおおい尽
くしています。改めて関東平野
はでかいとアキレました。ほんと、汎TOKYOってメガロポリスですよ。こん大
消費地の0.1%の人々がウチんぶどうば買うてくれたらエライことになるばい!
‥‥ぅふふ、などと考えている内に笠間市の公園内にあるプチホテルに到着。
飲んで喰って、翌朝早くにツインリンクに出かければ、混み混みの車の横を県
外ナンバーのバイクが軽やかにすり抜けて行きます。祭りじゃ!
これがツインリングもてぎのマーク。
コースが米国のインディのようなオーバル(ダ円)形で
それを生かしたデザインです。
入り口ゲート直前のコーナーでコケて泣きながら救急車に
乗せられたライダーがいました。せっかくここまでたどり着いたのに、最後の
最後でコケるなんて、おかしいやらカワイソーやらでマドを閉めて大笑いさせ
ていただきました。祭りじゃ!祭りじゃ!
赤いアプリリアのキャップを逆に被ってご機嫌なトドです。スーパー若造のロッ
シの驚異的な走り、それに対抗出来る唯一の存在にして、ワシラの誇り、ワシラ
の夢、ワシラのバリバリ伝説、加藤ダイジロー君を直に見ることが出来て大満足
の一日でした。
しかし、そのダイジロー君は2003年4月6日 鈴鹿サーキットで転倒、20日0時42分
逝去しました。享年26才。あぁワシラの夢が‥‥。
イタリアミサノ市のサーキットメインゲートに通じる公道は“viale daijiro kato”
(加藤大治郎通り)と命名されているそうです。
Recent Comments